> 納得できる葬儀を実現できる世の中にしたい!!という信念の元、日々悪戦苦闘しています。

家族葬とか一般葬とか

お電話をいただいたかたの声は
突然の訃報に動揺を通り越し、
呆然としているようにも聞こえました。

これからの流れをお話して
現時点で思いつくことだけでよいのでと
お考えを伺うと、
費用が心配でご家族中心で送りたいと仰いました。

告別式に伺うと
たくさんの会葬者がお集まりになっていました。

多くのかたに慕われていた故人様。
会社のかたがどうか一緒に見送らせて欲しいと
ご家族に申し出て、
受付など出来る限りのお手伝いをしておられました。

ご予算もご心配でしたが
たくさんのお花がお供えされ、
色鮮やかなお飾りになりました。

ご家族を会社のかたが一生懸命支え、
火葬場に向かうバスに一緒に乗りこみました。
本当のご家族のようでした。

一般葬と呼ばれる葬儀のかたちであったと思います。
でも家族葬と呼べるほどのご縁の深さでした。
こんなお葬式に出会うと
家族葬とか一般葬とかことばで分けることには
意味などないと
おもいます。
宮内

良いご葬儀とは?

私達は葬儀社さんとよくご喪家様や故人様、ご相談者様に
もっとご満足いただけるご葬儀ができるのではないかという
話をします。
それは、当センターから葬儀社さんにお伝えすることもあったり、
葬儀社さんから当センターに伝えられることもあります。


先日、ある葬儀社さんとご葬儀についての話になりました。

本当の意味で「良い葬儀とは」ということでした。
この問題はとても深く、葬儀社さんによっても違いますし、
葬儀社の担当者さんによっても違う部分もあると思います。

しかし、違うといっても根本がずれていては意味がなく、
故人様とご喪家様に対しての思いがあってこその疑問だと思います。

その葬儀社さんは、
『良い葬儀とは、ご親族様が覚えていてくれるご葬儀のこと
ではないか』と言っていました。


何も考えていない葬儀社であれば、
「祭壇や棺を立派にすれば良いのでは」、
「見たこともない演出をすれば良いのではないか」と
いうことだけを考えるかもしれません。

しかし、実際にはご喪家様はご葬儀の際にどんな祭壇やお棺だったのかや
どんなことをやられたのかは、はっきり覚えていないことの方が
多いようです。

その葬儀社さんが言った良い葬儀という意味は、
ご葬儀は大切な方にどのようなお送りをすることができたのか、
どれくらい感謝を伝えられたのかを、ふと大切な方を思い出した時に
はっきりとここまですることができた、感謝を伝えられたと
思えることが良いご葬儀だと思いますということでした。


人それぞれ感謝の伝え方は違うと思います。
まれにご相談者様で、
『ある葬儀社さんに話を聞きに言ったら、
これくらいはやってあげないと可哀想ですよと
伝えられたのですが?』
とご相談を頂くことがあります。


先ほどお伝えしたように、人それぞれ感謝の伝え方は違いますので、
それくらいはしてあげないと、と考えられる方も
いらっしゃると思います。
しかし、ご相談者様に疑問を抱かれてしまったということは、
その葬儀社さんはその方の思いや、考えなどを
何も聞いていなかったのだろうと思えてしまいます。


最近はお別れの形が多くなってきており、
どのようなお別れのされ方を選んでも全く問題はありませんし、
紹介させていただく葬儀社さんや当センターでできる限りの
お力添えをさせていただきます。

ご葬儀について考えなくてはならなくなってしまった場合は、
様々なご事情があるかと思いますので、何なりとおっしゃっていただき、
その上で、どのお別れのされ方が自分自身で大切な方に思いを
伝えることができるのかということを
考えられて決めていただければと思います。(菊池)

お気持ち

西宮市のお通夜に伺いました。

10年以上前に、お母様が病院で亡くなられ、
搬送されてどうしたらいいのか
戸惑う事があり悔いが残ったとご相談を
承りました。


ご経験上から、後悔のないお式で
お父様を見送ってあげたいと
当センターでお葬式のお手伝いする
事になりました。

お式は、ご家族ご親族のみとのお考えで
無宗教の家族葬で行われました。


祭壇は、淡い紫の幕にたくさんのお花の中で
微笑んでいるご遺影。
お棺は、祭壇から向かって縦に置かれていて
両サイドに向かい合って椅子が並べられ、
ご家族ご親族の方が見守られて
大切な方との最後のお別れを温かく迎えて
いらっしゃいました。


最近は、直葬をなさる方も増えてきていて
当センターにもお問い合わせの方も増えて
きています。
ご事情はいろいろあると思いますが
振り返って心に残る思い出になれればいいと
思いました。


(福田)

喪主として

堺市立斎場でのお通夜には、
まだお若い故人を偲んで
多くのかたが集まっておられました。

会社関係のかたが受付や誘導を買って出て、
ご家族を一生懸命支えておられました。

お通夜の読経が終わり、
ご会葬のかたがお帰りになろうとしたとき
喪主様は仰いました。

お時間のよろしいかたはお食事を用意していますので
どうか一緒に父の供養をしてください。

気さくに振舞っておられた会社関係のかたたちが少し涙ぐまれ、
喪主様と肩を組み、通夜振る舞いの席に移動なさいました。

お酒を酌み交わしながら
多くを語り合う時間になりました。

喪主様はまだ20代。立派なお姿でした。
静かな、しかし強くしっかりとした
決意を感じるお式でした。
宮内

「元気そうで安心した」なんて言ってはいけない

通夜や告別式において、参列者に挨拶をしたり、
読経の際に祭壇を向いている時のご遺族のお顔は、
しっかりと前を向き、
キリッとした顔をしていることが多いです。

知人と話したら笑顔にもなるし、
「いつも通り」に振舞うことも多いです。

しかし、当然のことですが、
心の中は大事な人を失った悲しみで溢れているはずなのです。


その感情は、告別式の最後、
棺を閉める時や火葬場でのお別れの時にしばしば表に出てきます。

いよいよお別れという段になり、
内側からドッと悲しみが溢れ出てきて、
それまでの毅然とした態度が崩れ、
涙が流れてくる。

そんな例を何度も目にしてきました。


葬儀の大事な役割の一つとして、
「遺族が故人との別れを事実として受け止める」
というものがあります。

そしてその役割をきちんと果たすためには、
「故人との別れをしっかりと悲しむ」
というプロセスを経ることが重要だと、個人的に思っています。

悲しむタイミングや手段は人それぞれではありますが、
悲しみの感情に蓋をしたままでは、
しっかりと別れの事実を受け止められないのではないかと思います。

自分も、葬儀やその他の機会において
しっかりと「別れを悲しむ」という過程を経て、
肉親との死別を現実のものとして受け入れてこれました。


そういうわけで、「悲しむ」というのは葬儀における
重要なプロセスなのです。

…しかしながら、
一番の悲しみを抱えている遺族は、式の準備や来客の対応、
当日の動きなどでバタバタと動き回っている内に、
しっかりと悲しみを受け止める機会を逸してしまうことがあります。
(家族葬が増えている理由の一つがこれです)

冒頭に書いたように、「いつも通り」の自分になっていることが多いのです。


遺族が悲しみと向き合う場は、必ずしも葬儀でなくても良いかもしれませんが、
自分は、葬儀のお手伝いをする者として、

「表面的には元気そうに振舞われている遺族の方も、
 心の中は悲しみに溢れているということ」

を忘れず、

「遺族の方に余計な仕事をさせずに、
 しっかりと、故人様との別れの時間に意識を集中してもらうこと」

を意識して、行動をしていきたいと思っています。

==

数年前、1人の幼馴染のお母様の通夜に、
他の友人と共に参列しました。

その時の彼は意外にも元気そうで、
いつも通り、陽気に面白い話をして、みんなを笑わせていました。
彼が落ち込んでないか心配をしていた自分は、それを見て安心をしました。

その葬儀から帰った後で自分は、

「今日はお疲れ様。思ったよりも元気そうで安心したよ。
 何かあったらいつでも言っておくれな」

というようなメールを彼に送ったのですが、
今ではそれは間違いだったかもしれないと思っています。

思い返すと、あくまでも彼は「元気そう」だっただけであり、
実際にはもっと悲しかったはず。
それなのに、「安心した」という自分の気持ちを伝えたことは、
全く相手の気持ちを汲んでおらず、無神経だったと思っています。

タイトルの通り、
「元気そうで安心した」なんて言ってはいけなかったのです。

もしかしたら、その言葉を投げることが、
相手を勇気付けることもあるかもしれません。

けど、本当にその友人の助けになりたいと思ったら、今の自分なら
そこでもっと違う声のかけかたをし、違うメールを送るはず。

そんな過去の反省も踏まえつつ、
また明日から、一つ一つの相談を真心こめて対応させていただきます。

小笠原

故人と対話

芦屋市でのお通夜に伺いました。

気さくなお寺さんの法話は
終始分かりやすいことばで
お経の意味を説いていました。

「私たちは亡くなったかたがかわいそうにと
思ってお経をあげているのではないのですよ」

「自分たちも明日はどうなるかも分からない命。
ありがとうってたくさん思いながら
生きていることに喜びを感じてほしいのです」

「一生懸命ありがとうって思っているのです」

法話を終え、退場するお寺さんに
ご家族は自然と席を立ち
深くお礼を述べられました。

亡くなったかたと参列されたかたたちが
お寺さんを通して対話しているような、
そんなお葬式でした。
宮内

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