> 納得できる葬儀を実現できる世の中にしたい!!という信念の元、日々悪戦苦闘しています。
(2008年03月28日)
あるお寺の住職さんと、お話しする機会がありました。「いやー、最近は葬儀が終わって、もう法事をしないという檀家さんが増えていましてね・・先祖供養という概念も変わりつつありますな。」
この話にはびっくりしました。「今後急速に「家」という概念が崩れ、無縁仏となるお墓も急増するだろう」と、その住職さんは話してくださいました。
私個人も、現在独身のひとり暮らしです。今、私が死んでしまったら、だれが供養してくれるのだろう?だれがお墓の管理をしてくれるのだろう?何だかとても寂しい気持ちになりました。
世の中にはいろいろな方がいらっしゃいます。「経済的な事情で法事が出来ない」という方もいらっしゃることでしょう。核家族化・少子高齢化などにより、家族がバラバラに暮らすようになると、一度に全員が集まることがなかなか難しい、という事情もあるでしょう。
しかし、ご先祖を大切にするという「供養の心」だけは忘れたくないなぁと個人的には思っています。父がいて母がいて、お爺ちゃんがいてお婆ちゃんがいて・・・今の自分がいる。そのような先祖を大切にし、手を合わせる感性だけは、忘れたくないなぁと思います。そのようなことを考える機会が、本来の「法事」の意味であったはずです。
その住職さんは話してくださいました。「法事は単なる慣例行事として行なうのではなく、私たちと生前ご縁の深かった亡き人を通じて、仏縁に遇わせていただく大切な仏事としてお勤めなんです。私たちも故人も、仏さまの大きなみ光の中に包まれています。それ故に、感謝の心を持って仏前をお飾りし、ご先祖様を称え、仏さまを讃嘆するのです」
亡き人を通して、我が身を振り返り、今生きている「いのち」に感謝する。そして今の自分の「生き方」を見つめなおすことが、本来の法事の意味であると感じました。
私は毎日忙しく暮らしています。徹夜で仕事をする日も多々あります。しかし、そんな毎日の中でもご先祖様に対して感謝の気持ちを忘れず、また心の余裕とユーモアを忘れず、一日一日を精進したいと思います。
今生きている「いのち」に感謝しつつ、私を産んでくれた母親に改めて感謝の気持ちが湧いてきました。ご先祖様に対して、恥ずかしくない「生き方」を胸を張ってしていきたい!!と強く思います。一生懸命に生きていても、苦しいことや悲しいことばかり起こりますが、それも人生の試練の一つだと、最近思えるようになってきました。
そのようなことを考える機会をくれた、ご住職に感謝!
中下大樹

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