> 納得できる葬儀を実現できる世の中にしたい!!という信念の元、日々悪戦苦闘しています。

奈良県桜井市でのご葬儀

先日奈良県桜井市でのお通夜にお邪魔
してきました。

日本最古の道といわれる山之辺の
道沿いで大神神社の北西で、箸墓古墳近くにあり、
歴史の息吹を感じることが出来る地域に
その式場はあります。

宗旨はお隣の市が発祥の地である天
理教で、その教えに沿った形で
みたまうつしの儀が行われました。
神道のように玉串奉奠とは言わず、
玉串奉献を行い、「二礼、四拍手、一礼、
四拍手、一礼」を使います。

ご家族と親族だけでお見送りをされたい
とのことで、お住まいの地域から少し離れた
式場を選択されました。
式場はひとつだけで、式場の隣が控室と
なっており、シャワーだけでなくお風呂も
完備しており、ご家族でゆっくりと夜伽を
過ごされるのに向いています。

sakurai.gif


ご挨拶をさせていただいた際も、「親族だけで
ゆっくり見送れる良い式場で、また葬儀社の
担当者の方には本当に細かいところ気遣い
いただき満足しています。」
とのありがたいお言葉を頂戴しました。

ご親族の方々がみかぐらうたのおつとめを
されている声を聞きながら、その場を後にしました。

傳法

手元供養展

大阪市で開催されました
「手元供養展in大阪」に伺いました。

手元供養とはご遺骨やご遺灰を手元に置き、
故人を偲ぶ供養のかたちで、
ペンダントトップの中にご遺骨を入れたり、
陶器やガラスの中に入れたり、
ご遺骨を宝石やプレートに変えたりと
様々な種類があります。

お墓がなかったり、遠方にあり、
お墓に代わるものを必要としておられる方。
故人に深い愛情を持ち、
ご遺骨をそばに置いていたいと考える方。
新しい供養のかたちにより、
自分らしい供養の幅も広がります。

公演の中で日本人はお骨を大切にするというお話がありました。
戦後何十年を経て海外までご家族のお骨を
拾いに行ったりするのもその顕れといったお話です。

手元供養のお品を購入した方からの
一通のお手紙を拝見しました。

「病人」でも「患者」でもない故人が家に帰ってきました。
記憶は薄れていくかもしれないけれど
これからの時をともに過ごします。
(※個人的な事柄につき内容は一部変更されています)

気負わない普段の供養として、
グリーフケアとして、
ご自身に合わせた供養のかたちの選択肢。

当センターでもご相談を承っております。
宮内

葬儀やエンディングノートのセミナー

広島で講師として声をかけて頂き講演をしてまいりました。

葬儀の準備と葬儀社選びのポイントを1時間の中でお話させて頂きました。

伝えたかったのは
「ちゃんと比較し、サービス内容を把握して葬儀社を決めてください」
ということ。

事前に葬儀社のことを調べておらず、イチかバチか依頼してはずれだったら大金を支払うなんて本当にばかげてます。

サービス業の業者にお金を払ってサービスを受ける訳なので、事前にどんなサービスをしてくれるのか確認することは当然だと思います。

車買う際に、セダンかワゴン車か4WDなど、どのタイプを買うか誰もが事前に決めていますが、葬儀社を選ぶ時はどんなタイプの葬儀社にするのか全く考えていない。。。
そもそも葬儀社にどんなタイプがあるのか分からない。。

また心情的にも車を選ぶのは楽しいが葬儀社となるどうしても抵抗感がある方も多くいらっしゃいます。


そこで、講演でご提案したのはエンディングノート。

エンディングノートの項目に添って、とりあえず書き込める所だけでも書き込めばどんな葬儀社を探せばよいのか?が見えてきます。

エンディングノートとして残っていれば、万が一事前に調べていなくても葬儀社に依頼する際に希望として書いている内容を伝えることも出来ます。

また、何よりエンディングノートを書くことで、限られた命の使い方を本気で考える機会を得られると思います。


東京では12月2日に「エンディングノートの書き方セミナー」を開催するのでもしご興味のある方はご参加ください。

下元

葬儀やエンディングノート についてのセミナー

秋の散骨(神戸沖にて)

関東でも関西でも、散骨についてご相談いただく方が増えております。

最近は、お墓の有無とは関係なく、ご本人の意思やご家族のお考えによって選択される方が多いようです。

今回、神戸沖での散骨に、立会いをさせていただきました方も、お話を伺いますと、お墓をお持ちということです。ご長男さんもいらっしゃいます。しかし、関東にお住まいで、関西に帰ってくることは多くはない。それならば、ご主人の遺志でもあった散骨を実現したいと散骨をされました。

秋の散骨(神戸沖にて)
西宮のヨットハーバーから出航し、
神戸沖での散骨。往復1時間の行程。

散骨もどちらかといえば、気候が温暖なシーズンを選ばれる方が多いようですが、最近は、四十九日に合わせてなど、亡くなられてから、散骨をされるまでの期間が短くなっていることも特徴のようで通年を通して散骨は行われています。

私自身、11月に散骨に立ち会うのは始めてで、かなり寒いのではないかと心積もりしていきましたが、思ったことは、気温よりも天気の影響の方が大きいということです。

風にあたれば寒いですが、風が除けられる船の中は温かく、それほど寒さに震えるということはないです。天気が良かったこともあり、波静かな穏やかな中で散骨を執り行われ、感動的なお別れとなりました。

散骨はどうしても自然相手のことです。時には、親族が集まったけど、風が強く出航できないということも少なからずあります。船酔いされる方もいらっしゃることも知っておかなければなりません。

そういった危惧されるようなマイナス面についてもきちんと丁寧に説明をしてくれる信頼のおける業者に依頼されることがご納得されての散骨に繋がると考えております。

岩貞

誇りを持って

葬儀サポートセンターのことを話すと
「なぜNPOでしないの?」
という質問をよくされる。

私は株式会社でこのサービスをすることに価値があると思う。

NPOでもボランティアでも資金があって初めてなにかを提供することができる。

一瞬だけ何かをする、一時期だけ誰かの為に動くことは出来ても、継続して価値を提供し続けることは非常に困難。

でも本当に価値があるものは、地味でも継続して提供され、少しずつ少しずつ社会に浸透し、その価値そのものが成長しているものだと思う。

発起人が居なくなっても続いていくものだと思う。

資本主義経済というステージでいる限りは、誰かの犠牲の元に成り立つものではなく、感謝の集積が利益となり、その利益の半分近くを国に税金として収め、残りの半分を世の為に使う。

今の未熟な私としては、このサイクルが"本物"じゃないかと思う。

とはいえ、NPOでも株式会社でも価値を提供し、その価値によって集まる資本で運営される。

そういう意味では何も変わりはないようにも思う。

問われるのは、会社の形態ではなく運営する人間の心、理念、志だと思う。

でも、NPOにしたほうが人に信頼されやすいとか公共機関と提携しやすいからという理由でNPOを選ぶ気にはなれない。

この葬儀サポートセンターはやっぱり誇りをもって株式会社でやっていきたい。

下元

「残された時間いかに生きるのか」

あるテレビ番組で癌と闘うジャズ歌手石野見幸さんの
存在を知りました。

その壮絶な闘う姿を見るにつけ、残された時間を
いかに生きるのかを真剣に問うことの重要性を
再確認することができました。

石野見幸さんは去年9月にスキルス性胃がんと
診断され、余命1ヶ月と宣告されましたが、残された
時間を身をすり減らすように、全身の激しい痛みや
抗がん剤の副作用、死の恐怖と直面しながら
歌手活動を続けていました。

その石野さんに追い討ちを掛けるように、子供の頃から
病弱で、それであるがゆえに学校を休みがちになり、
いじめにあうことになった彼女を力づけ、音楽を教えてくれた
お父さんが、闘病中の最中に脳卒中で突然亡くなりました。

自らの死の恐怖との闘いの中で、ジャズを歌うという
その道を彼女に示したお父さんの「歌い続けるのだ。」という
言葉を思い出しました。
そしてライブショーをすることを決め、余命1ヶ月と宣告されて
から約10ヵ月後の2007年7月16日に、大阪ブルーノートで
ライブを行うことなりました。
リハーサルで意識を失うなど、体力的にも厳しい状況では
ありましたが、「やっぱり生きていて良かった。」という言葉で
ライブを締めくくります。

この取材に関して、状態の良い時も、悪いときも包み
隠さずカメラを回し続け、伝えてほしいというのが条件でした。

「どんな苦しいときでも笑顔を保つことで、周りの人からも
笑顔を得られる」という石野さんのその姿勢は、苦しみを
抱える多くの人々に勇気や生きる力を与えることとなりました。

同じ病室で患者さんは石野さんから勇気をもらい、今もガンと
闘い続けています。
また、いじめられた経験を持つ14歳の女の子は、石野さんを
訪ね、それ以来二人の間に交流が生まれ、今少女は歌手を
目指して力強く生きようとしています。

いつ自分の命が尽きるかもしれない、そんな極限の状況に
ありながらも、精一杯今を生きようとするその姿、
そしてその笑顔で、周りの人々に生きる力を与え続けている、
その石野さんの姿に感動を覚えました。

映画やフィクションにない、真実の姿がそこにはありました。

もし仮に自分に残された時間が少ない状況となったときに、
いかに過ごすべきなのか、彼女の姿は私にひとつの答えを
与えてくれたのではないかと感じています。 傳法

グリーフケアとしても

先日、あるホスピスの見学に行ってきました。

そこでは現代の医学では治すことが難しいと思われる病状の方々を対象として、残された人生の中でできるだけ人間らしく過ごして欲しいという想いが伝わってくるような工夫が沢山されていました。

もちろん、施設を見ただけでは見えてこないような本人やご家族の苦痛・辛い部分や苦労なども多くあるとは思いますが、闘病中、或いは闘病を経ているという想像を超えるような精神的ご負担を抱えていらっしゃる方々からのご相談を受けているという責任を改めて実感しました。

そこの先生は特に生前の人生の質というものを追求されていることはもちろんですが、グリーフワークにも力を注いおり、残念ながら病魔に勝てずお亡くなりになられてしまった場合でも、ホスピスでの生活は遺族の方々の立ち直りに対しても影響を与えるということを仰ってました。

これは生前に本人が望むことを精一杯してあげたという家族にとっての「できるだけのことはしてあげた」という気持ちが湧くからだそうで、これはご葬儀にも通じる部分が多くあるように思いました。

ご葬儀でもしっかりと選択肢を提示してくれて、その中からご要望を汲み取って、できるだけのことはしてあげて納得して終えられるのと、ただバタバタして終わってしまい、後から高額を請求されるのとでは、その後の気持ちも異なってくるのではと思います。

大切な人とのお別れの場ですので、後悔しないためには予め良心的な葬儀社をお考えされておくことが重要と思います。葬儀社のお心当たりが無い方はお問い合わせいただければと思います。

飯嶋

葬儀は難しい仕事

先日、伺ったご葬儀で、喪主様にご挨拶した時に「いい葬儀社さんを紹介してくれてありがとう。私は、なーんもすることないですわ。」と笑顔でお話くださった方がいらっしゃいました。

葬儀というと、大変だ、慣れないことでバタバタしてしまう・・・というイメージも大きいかと思います。実際に本当にご家族の負担は大きなものです。

では、この葬儀社は何をしているのかといいますと、決して、喪主様やご家族の方がすることをすべて代わりにやっているわけではないです。都度、喪主様に先回りして、アドバイスをされています。

例えば、お布施の渡し方一つにしても分からないことだらけです。
いつ渡したらいいのだろう・・・
包みの表には何と書けばいいのだろう・・・
お盆に載せて渡したらいいのだろうか・・・
などなど
疑問は膨らみます。

そうした時に、葬儀社側から、「お布施の包みはこちらで用意させていただきます。僧侶の方にお渡しするタイミングにはお声がけさせていただき、渡し方の作法についてはアドバイスをさせていただきますので当日にお金だけはご用意ください」という話があれば不安が軽減されるのではないでしょうか。

中には、代わりに渡しておきますからという葬儀社もあるようですが、「お布施」という領収書のないものをやり取りするわけですので、喪家様から、僧侶の方へ直接渡すようアドバイスされる葬儀社が誠実と考えます。

「聞かないとアドバイスがない葬儀社」
「全部代わりにやってしまう葬儀社」
どちらもあまり心ある葬儀社といえないと思います。

その間のバランスを取りながら的確にアドバイスをくれる葬儀社に依頼することができれば、安心される部分も多いかと思います。

つくづく、葬儀という仕事は、高いコミュニケーション力と「察する心」が強く求められる、難しい仕事ではないかと考えます。

岩貞

ご葬儀の地域性

堺市立斎場でのお式に伺いました。

堺市周辺の方がよくご利用になる斎場で、
私どももよくお伺いする場所です。

喪主様のお住まいの河内長野の一部地域の風習に合わせ、
通夜振る舞いをお式の前に召し上がったり、
ご会葬の方にお土産を用意されていたり、
これまで私が伺ったお式の流れとは少し異なっていました。

葬儀社さんは流れをきちんと確認しながら、
ご家族にお声をかけ、上手にサポートしておられます。

葬儀はご家族も経験が少ないので、
つい葬儀社さん任せになったりします。
 
そんなご家族のお気持ちを汲み取ったり、
地域性を考慮したり、
故人様のお人柄など色々なことを考えたうえで、
こんなかたちにしましょうかと
ご提案し、説明のできる葬儀社さんが
よい葬儀社さんだと思います。

後日ご相談者様からお礼のお電話をいただきました。
「本当によい葬儀社さんを紹介してくれて、
おかげさまで無事お式が終わりました」

主役はご家族。
そんな担当者さんの想いが伝わるお式でした。
宮内

葬儀後の相談も承ります

葬儀サポートセンターにてお手伝いをさせていただきました相談者様へは、葬儀後にアンケートへのご協力をお願いしております。

その中では、葬儀サポートセンターや紹介させていただいた葬儀社さん、担当者さんの対応に対するご意見やご感想をお伺いし、いただいた貴重なご意見は、今後の活動の参考にさせていただいております。

その他に、葬儀を終えらえてからのお手伝いに関する項目もございます。

お墓の購入や霊園、墓地、納骨堂探し、お仏壇の購入に関するサポートや故人様の遺品処理、相続のご相談や不動産の名義変更などの各種手続きまで、葬儀を行なうまでも様々な準備が必要なのですが、こうしてみると、葬儀を終えてからも実はやるべきことが結構あるのです。

しかし、葬儀は人生で何度も経験することではないので、葬儀を終えてから、様々な作業が生じることまで全て把握していらっしゃる方は中々いないのではないでしょうか。

葬儀サポートセンターでは、上記に挙げた葬儀後のご相談に関して、全て対応させていただくことが可能です。ご要望をお伺いしながら、ご納得のいく提案をさせていたくよう心がけておりますので、安心してご相談いただけたらと思います。

最近では、故人様の衣類を、ぬいぐるみや鞄にリメイクして差し上げるサービスも始めました。故人様が生前ご使用なさっていた衣服で、もう使用しないけれどずっと捨てきれずに取ってあるお洋服などがあれば、たんすの奥に閉まっているよりも思い切ってリメイクしてしまうと、より身近な存在として残ることもあります。

ご縁があってお手伝いをさせていただいた相談者様のために、少しでもお役にたてることが葬儀サポートセンターのやる気の源になります。

どんな些細なことでも、何かご要望やお困りのことなどございましたら、遠慮なさらずに、いつでもご相談ください。

島袋

担当者の思い

先日、ご葬儀に伺ったお式では、故人様のお写真が式場内にたくさん飾られていました。

お通夜の読経が終わった後、ご親族様や会葬者の方が、思い思いに足を止められて、在りし日の思い出を語り合う姿見られました。

「思い出コーナー」や「メモリアルコーナー」と呼ばれるもので取り入れる葬儀社が増えてきているものです。葬儀サポートセンターの日記でも何度か取り上げさせていただきました。

付加価値であり、新たな収益源になると考えている葬儀社も中にはあるようですが、、本末転倒だなと思います。


先日、伺ったこの葬儀社の担当者は、ご自宅で打ち合わせをした時に、アルバムに整理されてない写真がたくさんご自宅に置かれていることに気付かれたそうです。

お子様やご親族の方が、故人様とは離れてお住まいだったり遠方にお住まいだったことから、担当者は、「もしかすると、お写真をあまり見る機会がなかったのでは」と思われました。

そこで、このお写真を少しお借りして、お式でお飾りすることはいかがでしょうかと提案されて実行されました。結果、葬儀が悲しみの中にあっても、温かな偲ぶ場になりました。

担当者としての仕事からすると、余計なことかもしれません。
別に提案しなくてもいいことです。

しかし、何か、故人様やご家族様のために、弔問される方のためにすることはできないだろうか、と深く考えられているからこそ自然と行動になって現れてくるものと思います。

つくづく、葬儀は担当者次第と痛感します。

これからも、単に葬儀社を紹介するということではなく、担当者を紹介する意識を強く持ち、人と人とのご縁の橋渡しができればと思います。

岩貞

感謝のことば

緊急性の高い事前のご相談でした。
ご相談者様は色々ホームページをご覧になり、
当センターのホームページが一番
信頼できそうと思っていただき、
お問い合わせを下さったそうです。

電話口のご不安そうなその声に
出来る限りご安心いただこうと
ひとつひとつ状況を確認しながら
ご説明をいたしました。

翌日ご逝去の一報が入り、
堺市立斎場でお式をされることになりました。

お式に伺うと、祭壇は爽やかな青いお花で
飾られていました。
竹や陶器など和風の小物が
アクセントとなり、優しげで落ち着きのある雰囲気です。

13.jpg

葬儀社さんはご家族がお困りでないか、
何かご不安はないか
常に気を配り、お声がけしながら動いておられます。

ご相談者様にご挨拶申し上げると、
恐縮するほどにたくさんのお礼のお言葉と
葬儀社の担当者さんに対しても
「紹介いただいたとおり、信頼できる方です」と、
この上ないお言葉を頂戴いたしました。

なにより、あんなにご不安そうなお声だったご相談者様が
笑顔で迎えてくださったことに
葬儀社の担当者さんのご尽力を感じ、
温かい気持ちで式場を後にしました。
宮内

「命日」

10月末日は私の父と祖母の命日にあたります。

月命日には参っているのですが、とくに10月の最終日曜日はどんなことがあってもお墓参りにいくのが決まりごとになっています。

どういうわけか、重なることが多く、忘れることの出来ない仕組みになっているようです。

他にも私の誕生日は父と母の結婚記念日で、祖父の命日にあたります。

これは不思議なめぐり合わせなのか、単なる偶然なのか、忘れることのないようにご先祖様が仕組まれたことなのかはわかりませんが、重なるようなのです。

今も忘れることが出来ないのは、中学生の時に、自分の誕生日で浮かれた気分で登校しようとした時に朝自宅で寝たきりになっていた祖父の顔を見てから家を出ていたのですが、この日に限って祖父はうんともすんとも言ってくれない。

子供心に「おじいちゃん、俺の誕生日に死ななくても・・・。」と思いがよぎったことを今でも思い出します。

誕生日や命日が近づくと、あの朝のように突然何かあるのではと身構えて、緊張している自分を発見してしまいます。 (傳法)

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