> 納得できる葬儀を実現できる世の中にしたい!!という信念の元、日々悪戦苦闘しています。
(2007年04月14日)
今月9日に終末期の患者延命治療中止に関わる
厚生省の方針が発表されました。
『終末期医療の進め方として、医師の独断を避けるため、
医師による十分な説明と患者の意思決定を基本と
することが重要な原則と位置づけた。その上で治療の
開始や中止について、患者の意思決定を踏まえて、
医療チームで慎重に判断するように求めた。
ただ、今回の指針では延命治療中止の手続を明示しただけで、
判断の根拠となる患者の状態である「終末期」の定義や、
具体的な中止項目などは含まれていない。また、医師の
刑事責任などについては触れず、引き続き検討していくこと
とした。』
終末期の延命治療の中止に関して、国が初めてその指針を
示したもので、終末期の定義や医師の刑事責任は言及
されなかったわけですが、国が初めて容認するという意味では
画期的なものになったものと思われます。
横浜市で家族からの要請で安楽死を行い、殺人の罪に
問われている女性医師がいます。「家族からの要請が
あった」ことは認められましたが、「治療故意の中止は
適法とはいえない。」とのことで、有罪判決を受けて
います。
家族が望み、そしてご本人も望んだのではないかと
思える行為も、医療行為とは認められず、そしてその
責任を医師だけが負う形になるといういびつな結論の
出し方で、決着をしなければならなかったのです。
人間としての尊厳を失わずに、より自然に近い形での
死を迎えることを望む尊厳死という考え方を基にその
手続をしていたとしても、いざ延命治療が始まって
しまうと、実際には中止をすることが困難であり、
また医師がその責任を負わなければならないという
現実がありました。
これももしかしたら、今後大きく変わっていくことに
なるのかもしれません。
私の祖母が終末期にやはり延命治療を行っていました。
認知症を患っていた祖母が、持病であった高血圧で倒れ、
そのまま意識不明のまま
病院に運ばれ、その時にはすでに意識が回復する見込み
のない状態となっていました。もちろん自分で食事や排泄を
することもできない祖母が、呼吸すらままならず、のどから
人工呼吸器の管を通している、ポンプが動くたびに祖母の
体が浮き上がり、一定時間後にまた元に戻るを繰り返し
ている、とても人間とは思えないその姿を見るにつけ、
ある種の憤りを感じていました。
おばあちゃん子だった私は、父と母に、そして担当医師
に食って掛かり、機械のように扱うのを止めるよう
せまりました。
しかしながら、人工呼吸器が外されることは
ありませんでした。
そして、10日あまりの日々が過ぎ、祖母の容態は
急変し、そのまま息を引き取ることとなりました。
その時、私は祖母を失った悲しみとともに、安堵感を
覚えました。
「無理やり祖母を生かし続けることをせずに済んだと。
苦しかったね。よくがんばったんね、ばあちゃん。」
あのときの祖母の姿が、私の目に今も焼きついていますし、
あのような姿になることを望んでいたとは、決して思うことは
できません。
ましてや、家族があのような、自分自身があのような姿に
なることを私は望みません。
今回の指針により、そして将来的に出されるであろう
ガイドラインにより、医師が家族や本人の意思を尊重し、
より自然に近い形で、人間として誇りを持ちながら、
息を引き取ることになることができるようになることを
望みます。 傳
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